デジタル遺産の注意点

「お父さんが亡くなって、スマートフォンを開こうとしたら、パスワードがわからなくて……

相続のご相談をお受けしていると、こんなお話をよく耳にします。

以前であれば、遺産といえば土地・建物や預貯金通帳が中心でした。ところが今は、スマートフォンの中に、現金と同じように使えるポイントや暗号資産(仮想通貨)、契約中のサブスクリプションサービスなど、見えない財産が眠っていることが珍しくありません。

こうした「デジタル遺産」は、従来の相続手続きでは見落とされやすく、放置すると家族が困るだけでなく、思わぬトラブルに発展することもあります。

このコラムでは、デジタル遺産の全体像と、今から備えておくべきポイントを、できるだけわかりやすくお伝えします。

 

1. デジタル遺産とは何か

「デジタル遺産」とは、亡くなった方がインターネットやスマートフォン上に持っていた財産・アカウント・データの総称です。大きく分けると、次の3種類があります。

 

1-1財産的価値のあるもの

  • PayPayやLINEPayなどの電子マネー・QRコード決済
  • 楽天ポイント・Tポイント・Amazonギフト券などのポイント
  • ビットコイン・イーサリアムなどの暗号資産(仮想通貨)
  • FX・株式などの証券口座(ネット証券)
  • フリマアプリ(メルカリ等)の売上金や在庫

これらは金銭的価値があるため、相続財産として扱われます。ただし多くの場合、プラットフォーム側は「アカウント名義人本人以外の利用」を規約で禁止しており、家族が勝手にログインして引き出すことはできません。

 

1-2契約・サブスクリプション関係

  • Netflix、Amazon Prime、音楽ストリーミングなどの月額サービス
  • クラウドストレージ(iCloudGoogleドライブ)の有料プラン
  • ドメイン・サーバー契約(ウェブサイトを持っていた場合)

こうした契約は、本人が亡くなっても自動的には解約されません。カードが生きている限り引き落としが続くため、早めに解約手続きをしないと無駄な出費が続きます。

 

1-3データ・アカウント類

  • SNS(FacebookInstagramX等)のアカウント
  • 写真・動画のクラウド保存データ
  • ブログ・noteなどの作品・著作物
  • オンラインゲームのキャラクター・アイテム

これらは直接的な金銭価値は低いかもしれませんが、家族にとって大切な思い出が詰まっています。

 

2. 放置するとどうなるのか

デジタル遺産を放置した場合、次のような問題が生じます。

 

2-1財産が「消えてしまう」

電子マネーやポイントの多くは、一定期間ログインがないと失効します。また、暗号資産の場合は秘密鍵(パスワードの一種)を紛失すると、技術的に誰もアクセスできなくなり、資産が永遠に凍結されてしまいます。

ある調査では、日本国内で相続手続きを経ずに放置された暗号資産が、数十億円規模に上るとの試算もあります。

 

2-2不正アクセスのリスク

故人のIDとパスワードを使い、家族が故人のアカウントにアクセスすることは、たとえ善意であっても「不正アクセス行為の禁止等に関する法律」に抵触する可能性があります。「善意だったから大丈夫」とは言い切れないのが現実です。

 

2-3 SNSアカウントのトラブル

本人が亡くなった後も、SNSアカウントが放置されると、第三者による乗っ取りや、故人を名乗った迷惑行為に使われるリスクがあります。また、「故人の投稿に追悼コメントが集まる」という場面で、遺族が全く知らなかった交友関係が明らかになり、感情的なトラブルになることもあります。

 

2-4 サブスクの引き落としが続く

月額数百円〜数千円のサービスが複数あると、気づかないうちに相当額が引き落とされ続けます。カード会社への問い合わせや個別解約には手間と時間がかかります。

 

3. 今すぐ備える:エンディングノートへの記載

こうしたトラブルを防ぐために、最も手軽で効果的な方法が「エンディングノート」へのデジタル情報の記録です。

 

エンディングノートには、法的拘束力はありません。しかしそれでも、家族が困ったときに「開ける扉」を残しておくことは、何よりも大切な備えです。デジタル情報については、以下の項目を記録しておくとよいでしょう。

 

【エンディングノートに書いておくべきデジタル情報】

  • スマートフォン・パソコンのロック解除方法(PINコード・パスワード)
  • メールアドレスとパスワード(主要なもの)
  • 金融・決済系アプリ(銀行アプリ、電子マネー、証券口座)のIDと概要
  • 暗号資産を保有している場合はその取引所名と秘密鍵の保管場所
  • 月額課金しているサービスの一覧と解約方法
  • SNSアカウントの扱い(削除希望 / 追悼アカウントに移行 / 残してほしい)

 

ただし、エンディングノートにパスワードを書く場合は、保管場所に十分注意が必要です。鍵のかかる場所に保管する、信頼できる人に場所だけ伝えておく、といった工夫をしてください。

 

4. 遺言書でデジタル遺産を扱う場合の注意点

財産的価値のある暗号資産や電子マネーは、他の財産と同様に遺言書に記載して相続させることが可能です。ただし、いくつかの点に注意が必要です。

 

4-1特定が難しい

不動産なら地番、銀行口座なら口座番号で特定できます。ところが暗号資産の場合、「ビットコインを○○に相続させる」と書いても、どのウォレット(財布)のどの資産なのかが特定できないことがあります。取引所名・ウォレットの種類・おおよその保有量を補足情報として別途残しておくことが重要です。

 

4-2 価値の変動が大きい

暗号資産は価格変動が激しく、遺言書作成時と相続時で評価額が大きく異なる場合があります。「○○円相当のビットコイン」と金額を記載することは避け、「保有するビットコインすべて」という形で記載する方が無難です。

 

4-3規約の壁

サービスによっては、相続人への名義変更に対応していないものもあります。遺言書に記載してあっても、サービス提供会社の規約上「第三者への譲渡禁止」となっている場合、法的には相続できても、実際には受け取れないことがあります。事前に各サービスの規約を確認しておきましょう。

 

5. デジタル遺産における「争い」を防ぐために

山猫司法書士事務所が大切にしているのは、「争いが起きてから裁く」のではなく、「争いがおきないよう、前もって整える」という考え方です。

デジタル遺産の問題は、まさにここに通じます。

「あのアカウント、本当はお金が入っていたんじゃないか」「なんであのとき勝手に解約したんだ」——こんな言葉が、相続人の間でかわされるようになってからでは遅いのです。

大切なのは、次の3つを生前に整えておくことです。

 

  • 何を持っているか、家族が把握できるようにしておく(リスト化)
  • どう扱ってほしいか、意思を残しておく(エンディングノート・遺言)
  • どこに相談すればよいか、家族に伝えておく(専門家の連絡先)

 

この3点を整えるだけで、残された家族の負担は大きく変わります。そして、それが「誰かを責めるのではなく、全員が前に進める形をつくる」ことにつながっていきます。

 

おわりに

デジタル遺産の問題は、決して特別な人だけの話ではありません。スマートフォンをお持ちであれば、誰もが関係しています。

「うちには大した財産はないから」と思っている方でも、PayPayの残高が数万円あったり、証券アプリで投資信託を持っていたりすることは珍しくありません。

まずは「自分はどんなデジタル財産を持っているか」を棚卸しするところから始めてみてください。その一歩が、家族への最高の思いやりになります。

 

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